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日本の現代音楽の今の一人の作品①「THE RAVEN-大鴉」:細川俊夫(2016.8.11)

contemporary

昨年の冬に購入して怖くて5、6回しか聴けていない。

勿論同居人の家族が留守の時か深夜しか聴けない。

この暑い夜中に流してみたら鳥肌が立ってしまった。

霊がおりてきそう!

これまでの細川氏の作品とは大きく違うところは日本の能楽の和声を取り入れているところだ。

彼はAlban Bergが大好きでオペラ作品等も積極的に作曲している。

彼の作品をいつか生演奏で聴きにいきたい。

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《大鴉について:細川俊夫の解説》
日本の伝統的な物語のなかで、動物や植物が、人間と交流を持ち、人間と会話をするような物語はよくあることである。アニミズムの伝統の深いアジアでは、西洋のように、人間と動植物が、はっきりした境界線を持つことなく共存している。エドガー・アラン・ポーの「大鴉」のテクストを知ったとき、私は日本の能の劇作品を思い浮かべた。能は人間中心主義ではない。その主人公は、動物や植物であったり、またすでにこの世にいない霊であったりする。
ポーの作品は、近代人の理性的世界に守られた存在に、不気味な動物「鴉」が侵入して、その理性的秩序の世界が、崩壊する過程が描かれている。私は、この作品を一遍の能ドラマとしてとらえ、それを一人のメゾソプラノとアンサンブルによるモノドラマで表現しようとした。本来は男性が主人公のこの「大鴉」を、女性によって語らせ、歌うようにしたのも、能では、役が女性の場合であっても、男性がそれを演じるのと逆の関係にしたのである。
このポーの主人公は、嵐の夜、一人で回想にふけっている。ここに起こるドラマはすべて、彼の心の中で起こる想像であり、夢、幻かもしれない。(能では、ドラマはほとんど夢のなかの出来事である。)主人公は、亡くなった愛する恋人レノーアの追想にふけっている。
その時に現れるのが、大鴉である。そうするとこの鴉は、レノーアの亡霊かもしれない。「Never more」としかしゃべらない、不気味な霊としての鴉。その霊との交感、会話がこのポーの作品である。
私の音楽で、女性が中心となる作品の多くは、その女性を冥界とつながろうとするシャーマンととらえている。この私の"The Raven"での、メゾソプラノも、鴉の不気味な自然の力に、理性を崩壊させる近代人であると同時に、冥界、人間の不可思議な世界との交感をしようとするシャーマンでもある。その場合、死んだ恋人、レノーアは主人公の声に乗り移って、歌い語り、発狂するのだろうか。
人間の理性の世界と、その理性では捉えることのできない狂気の世界、理解できない自然の沈黙との関わり。このように私はポーを読み解くことにより、この作曲を行った。
この作品を、私のオペラ「松風」において、村雨役を歌ったCharlotte Hellekantとルシリン・アンサンブルにささげる。 

細川俊夫:大鴉(THE RAVEN) ~ メゾ・ソプラノと12人の奏者のためのモノドラマ

シャルロッテ・ヘレカント川瀬賢太郎ユナイテッド・インストゥルメンツ・オブ・ルシリン